「卒業を祝って何が悪い」3.11に給食の赤飯2100食が廃棄で大炎上…「赤飯は法事などで食べられることもある」といった声も、いわき市の判断に広がる波紋
という全国ニュース。
3.11に赤飯食べるとは、というクレームが発端。献立を知っているのは生徒か保護者。保護者はいまの教育では神様扱い。教員はひたすら「ははあー」と頭を下げるのである。それもこの10年で急速に広がっている。些細なことや教師のミスもすぐに電話、それを管理職が受けて担当教師を呼んであーだこーだいうのである。何をそんなに恐れているのか、そんなに教師のやることに自信がないのか。安物のAIのように全部肯定するのだ。現場の教員はたまったものではない。
というもともとある問題が、この事件で浮き上がってしまった。一つのクレームがこんな炎上、惨事になった。赤飯は白米よりお高いわけで、2000食以上を廃棄というのもひどい話だ。ほしい人に分配すれば「ちゃんとお金を払っているのか」とクレーム。生徒に持たせたり子ども食堂にもっていけば「もし傷んで腹を壊したらどうするつもりだ」とクレーム。そして廃棄してもクレーム。現場の腰の引けた管理職が一番悪いことになる。
つまらない教科書棒読みの教員はクレームが来ないから優秀、面白い読み物や実験をすれば「教科書通りにやっていない」「ほかのクラスと差が出る」とクレーム。楽しい授業はカットされて教科書棒読みにすることになる。
根本的にシステム変えなければ若い教員は離職してしまい、一見優秀な無能な教員だけの学校になる。2000食の赤飯を捨てることに抵抗がなくなっているのである。