初の死刑求刑 こわばる裁判員

今回の裁判員制度の真の目的はここにあると感じた。
私も含めて誰もが極悪殺人事件を起こした犯人を死刑にすべきと思う。
ところがその人間を目の前にしてあなたは「死刑」と言えるか、
というのが裁判員制度である。
田舎で祖父母がニワトリを殺すシーンを見て鳥を食べられなくなった、
なんて話はよく聞く。
毎日、食べているひき肉のハンバーガーやハンバーグは
牛さんやブタさんを殺した上、肉をぐちゃぐちゃにしたものである。
みなさんが、自分に不都合なことや見たくないものには目をつぶっていて
都合のイイところだけを味わい楽しむ。
死刑判決もこうして裁判所や刑場から遠いところで賛成反対をいう。
死刑に反対の人には自分の肉親が殺されても『反対』と言えるか問たい。
極悪人は皆死刑にすべきたと思う人は、その人の前で宣告するか
刑場でボタンを押すか、を経験すべきであろう。
私は悪いやつはどんどん死刑にすべきだと思う推進派であるが
実際に自分が判決や死刑にたずさわるのはとんでもないと思う弱腰の小市民である。