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12月31日

日常生活

今日も嫁さんの親族の付き合いで買い物へ。
伯父にあたる人が年末亡くなった。
お寺もこの時期大忙し、葬儀屋もお休みだそうで。
結局、葬式は1月の3連休に決まったそうだ。
年末年始だからと病魔は待っていてくれないわけで
それなりの人が死亡して葬儀を待っているに違いない。
そう考えると3が日が明けた週末に葬式が多く感じるのも気のせいではない。
もう一つ
年末宝くじの当選番号が決まったというニュース。
普段質素な生活をしている先輩が何故か宝くじだけは買うのである。
それもそこそこの金額である。
話を聞いた限りでは大きなおカネの当選は経験がないそうである。
この手の人で必ず言うのが「夢を買う」である。
だから外れても無駄遣いにはあたらないと言う。
数億円というのは私らには大きなお金だけど、それが夢ではない。
おカネを抱いて寝られないし、寝込んだり死んだら自分は使えない。
これまでつぎ込んだ数十万円、下手すれば100万円以上で
それこそ夢だった高価な模型や海外旅行に行ったほうが夢としてはお得ではないのか。
先日テレビで競馬の好きなオヤジのネタ。
過去に200万円を当てた事があると言う。
すげーと思いきや、そんなに裕福そうには見えない。
当然だけど投資した金額のほうがはるかに多いのだろうね。
競馬も賭け事も儲かるわけがない。
儲かった損したと言いながら楽しむという趣味ではある。
しかしながら、どんなに楽しんでも自分には何も残らない。
賭け事に対する多少の知識は増えるだろうが。
大半の遊びや趣味なんていうのはそんなものだから仕方ないが。
もとに戻って、宝くじなど「夢を買う」といいわけする以外に何もない。
頭も使わなければ残るものもない。
胴元と売り場のオバさんたちは潤うだろうが、それだけだ。
理論的に考えればやめたほうがいいだろう。
さらに、例え夢かなって数億円手にしたからといって幸せになるとは限らない。
読んだのは幾つかの事例だがそのほとんどが不幸せになっている。
貧乏人が急に大金を掴んでも幸せな使い方を知らないし、幸せになれないということだ。
カネで買う夢などそんなものである。