先週

備忘録、つまらない私ごとなので他人の家のことに興味がない方はスルーしてください。
妻が入院して先端医療を受けることになった。10日間、年末には帰宅できるという話。強い薬の副作用で年末年始は寝たきりだろうな。そんなことで入院の準備をしていた朝、電話があり実家で独居の母が電話に出ないと妹から。妹は会社ですぐに出ても時間がかかるという。私が実家に行く。最悪のケースも考えなければならない。つまり母が家の何処かで息絶えているという可能性。鍵を開けて家に入る。母の寝室に入る。エアコンが付いている。ベッドに布団、よく見ると布団から足が出ている。触ってみると温かい。布団をめくって顔を見る。息をしていた。「おふくろ!!」と起こすと目が開いて私の名前を呼んだ。
ラインで妹に「生きてた」と連絡。母は両足悪く要介護、私はトイレまで付き添ってあげて実家をあとにした。
数時間後、また妹から電話があり電話してもでないという。今度は私が行くからと言われた。その後妹から報告。なんとベッドとこたつの間にうつ伏せで倒れていた。近所の人にも手伝ってもらって持ち上げてベッドに寝かせたそうだ。両足が悪いので一度前のめりに倒れると起き上がれなくなってしまうのだそうだ。下がこたつの布団だったので怪我はしていないが。
この状況でもこの家で生活すると周囲の話をきかない頑固ババア、私らやケアマネが助言しても施設に入れるつもりだと言い張って、、、、お手上げ。

翌日、都内の先端医療の病院まで妻を送る。都心に行く道路は混んでいて時間がかかった。入院手続きをして病室へ、すぐに帰りたかったが主治医から家族への説明があるとのことで昼過ぎまで混んでいる大病院にいることになった。
帰り道は逆方向なのか時間帯が良かったのかカーナビの理想値で帰宅できた。10日間は家事全般をなんとかやらねばならない。

イトコが私の両親の挨拶と私の介護看護の陣中見舞いがしたいとこちらに来ることに。父の施設、母の実家とクルマで回る。母はあれだけ周囲に迷惑かけたのにケロッとしている。ありがとうの一言もない。まわりはみんな敵に見えているのか。秀吉もヒトラースターリン毛沢東も最後は周囲の誰も信用していなかったと言う。悪い歳のとり方だ。

イトコが帰って、一息つくとラインが来ていたことに気づく。施設にいる義母が危篤とのこと。するとすぐに連絡があり死去したとのこと。1ヶ月前に義兄と葬儀社と契約して説明を受けていたのでその確認をしたら、すでに連絡済みとのこと。施設から葬儀社の冷蔵庫までの搬送は少し時間がかかる。18時から葬儀社と打ち合わせ。自動的に私もメンバーに入っている?!
17時すぎ葬儀場に行く。義母の死に顔と対面。本日3人目の親との対面だ。義兄夫婦がいるのでそちらの判断で打ち合わせが進んでいく。もともと預けていた30万円に会場使用料、お花、死体の安置などでプラス40万円、さらに坊さんに30万円で100万円、飲食や移動や返礼品や焼き場代がさらにかかるそうで。
20時すぎに帰宅、病院の妻に報告、さらに遺影や思い出アルバムのスライドショーで使う義母の写真を古いHDDをさらって何枚か探し出した。せっかくだからとレタッチしていたら23時。
長い1日が終わった。

次の日から義兄から親族の連絡先などの問い合わせ、こちらの親族にも連絡。
妻が入院してから5日で汚れた食器や洗濯物がたまる。昨夜洗濯機を動かしたがなぜか途中で中断、機械操作には自信があるのだが洗濯機だけは妻に負ける。
というわけでブログが途絶えていたこの数日間に私に起こったことのダイジェスト。