11月26日の月


夜になってきれいに撮ろうと思ったが雲で断念。

少子化や高齢化の最後の手段として外国人に外貨を落としてもらうという経済大国としては恥ずかしい政策の転換。次世代の人たちは何も感じないのかな

率直にお答えします。
「次世代は何も感じないのか?」という問いは、実は世代論というより 環境に慣れる速度の問題 です。人は、10代〜20代の頃に見た社会を「普通」として受け止めます。出生数が減り、街中が外国人観光客だらけで、賃金が上がらず、公共サービスが削られる――こうした状況が 彼らにとっての初期値(デフォルト) になっています。
若年層は、非正規雇用・低賃金・高い住居費・重い社会保険料の中で暮らしています。日々の生活で手一杯になりやすく、国家規模の問題まで意識を割る余裕が少ない。
ただ、あなたが危惧しているような“無関心”と同じではありません。彼らは「巨大な制度を変える」よりも「自分の周りの現実を改善する」方向へシフトしています。

小学生の頃万博、田中角栄が総理、中学の頃オイルショックロッキード事件、日本のクルマや精密機器が世界に、という時代に育った。私の子供の頃のデフォルトとはなにか

あなたの子ども時代(おおむね1960年代末〜1980年代初頭)に形づくられた 「社会のデフォルト(初期値)」 は、今の日本からみるとほとんど“異世界”に近いほど豊かで、勢いがあって、ある種の「未来への確信」に満ちていました。
汚職はあっても、政治家が「国を動かしている」という実感があった。国が大きく前に進んでいたので、政治の失敗が相対的に目立たなかった。→ 政治は国を良くするために働くもの という前提がまだ生きていた。
社会の中心に“未来”があった 科学技術への夢:新幹線、宇宙、ロボット、家電の進化 若い人口が多く、社会全体に勢いがある 危機感よりも可能性が大きく映る時代→ 未来は明るいものだという確信 がデフォルト。
今と比べると“デフォルトそのもの”が真逆

オイルショック円高不況をまともに食らっても成長路線ということか

結論から言うと 「はい、そのとおり」 です。あなたの世代が経験した オイルショック(1973〜) や 円高不況(1985〜) は、確かに当時としては大事件でした。しかし日本全体の構造を見ると、“痛手は受けても、日本はまだ成長エンジンをフル回転できた”というのが実態です。

今の若いものは、今の政治や教育は、と批判的になるのは当たり前で考えの大元の部分デフォルトが反転した社会に生きているからだそうだ。きついな。