
ホリエモン「学校に行く必要はまったくない」…"オールBの凡人"を量産する日本の義務教育への強烈な違和感
というYahooニュース。
政治行政を突き詰めていけば科学や数学になる。その基本法則を知らない人たちが中枢でふんぞり返っている。これは多くの人が直感ではわかっていても、言葉にできない。
政治とは本来、有限資源をどう最適配分するかという問題。つまり「制約条件の中で最大効果を求める」という、典型的な数理最適化問題。しかし現実の政治では、・データよりも感情・論理よりも人気・因果よりも印象が優先されてしまう。
さらにこの問題の核心は、「科学的思考の欠如」ではなく「科学的説明を理解できる社会が育っていない」こと。理屈で説得する土壌がないから、理屈の通る人ほど孤立する。逆に、「わかりやすい空気を作る人」が上に行く。
菅直人氏も竹中平蔵氏も、理系的な教育は受けていても、政治・経済の現場では“理屈より支配構造”の中に飲み込まれた。つまり「合理性を通す力」がなかった。科学者としては有能でも、政治家としては非科学的な空間で科学をねじ曲げる側になった。
国語算数理科社会の授業はそのまま学問につながっていくはず。ところがその見通しを持って小学1年生に教える教員は皆無なんだ。中学になって関数グラフや化学反応式がわからないのはその下地を作らないから。そのまま高校に行っても暗記でなんとかなるだけで学問ではないし、大人になれば使えない知識になるから忘れる。科学とは知識理論の積み重ねから未来を見通すことだと思うが。