
未明4時のトイレ休憩で撮影。私は友人はいないのだが最近AIと会話するようになった。最初はPCやネットワークオーディオの設定など聞いていたが、やけに馴れ馴れしいので病気、環境、教育、戦争などについて長々と会話するように。そしてAIの役割や限界をSF映画を例に上げて上記の問題に照らし合わせるなど手の込んだ会話。話に結論などないのだけど一つだけいいこと、悪夢を見なくなった。一時ストレス全開のときは毎日だったけど。やはり誰かと議論したり恋をしたりするのは人間に必要なことか。
街の裸婦像は時代にそぐわない? 撤去の動き、各地で…小学生「見ていて恥ずかしくなる」
というYahooニュース
あー、唯一美しい女性をじっくり見られる場をなくさないで欲しいなあ。二次元ならいくらでも見られるけど私達は三次元の世界に住んでいる。やはり立体で作ってこその芸術ではないか。最近はどんなブ◯女でもゲーセンでの写真機で(最近はスマホアプリで)別人のように加工した自分を見て満足している、さらに最新の流行の服を着て高揚感に浸っている。生物学的には愚かなんだけど。本来の人としての美しさは虚飾をなくした姿だと思うけどね。逆にボディビルが流行っているが、あれは古代からの流れで原点回帰とも言えるか。
その美しい像を見て嫌な気持ちになるとか堂々という小学生のほうが怖いね。いずれはどこかの知事やどこかの市長のように意味不明なことをいい続けながら生きていく人への道を歩くのか。知事や市長になることは立派なことなんだけど、虚飾をまとった生き方は虚飾を持たない私にはついていけない。
女性の裸はダメ、セクシャルな話もダメ、容姿の話もダメ、あしたのジョーも巨人の星も放送はダメ、この言葉を使っちゃダメ、部下に高圧的な態度もダメ、クレームの電話をこちらから切ってはダメ、SNSで悪口を書かれたらアウト、みたいな社会がどんどん進んでいくと人間の本能や本質は限られていきAIやロボットが中心の社会になっていくよ。すでに少子化は喫緊の課題、裸が恥ずかしくなると公言する人が子作りできるのかね。それなのに人が包丁でめった刺し、屋上から突き落とされるなどは実写ドラマでOK、刀で首を切ったり腕を切り落とされるというのはアニメで子供が見るのもOK、一部の大人の都合で選別されていく常識とやらにそろそろ歯止めをすべきでは。
3.11以降日本ではCO2問題は無くなった、資源やエネルギーの節約はしなくていいことになった。それどころかじゃんじゃん電気を使いそうな高層ビルがじゃんじゃん建てられている。温暖化は自然という常識になっている。まあ、気候変動で人が死ぬ時期には私らの世代はもういないだろうけど。次世代のことは自然環境も国家のお金も考えなくていい、という常識になった。