神田沙也加

耳を疑う事件であった。
事故なのか自殺なのかもはっきり(発表)していない。現状から考えて自殺だろうけど。
もし、自殺としても今の所動機になる事案が出てきていない。
ミュージカルなどの大きい仕事を次々に成功させている。偉大な両親とは違う路線で立派にやっている。仕事やお金の面での理由で自殺とは我々には考えにくい。
とすれば二世タレントのストレスなのか。
どんなに努力してどんなに成功しても「親の○○」と言われる運命にある。特に神田沙也加は両親とも偉大すぎる。売出し中の頃は「○○さんのお子さんで」と言われることで仕事が成立していたわけだが、最近の神田沙也加は実力も十分認められる存在になっている。引け目を感じる必要などだいぶ少なくなっているのだろうけど、やっぱり他人に「○○さんの子供」と言われるのが嫌だったのでは。
私の話で恐縮だが。
両親ともサラリーマン、それも退職時中間管理職であった。両親とも高卒で大卒の人たちに、、という気持ちがあったのか私ら子供に対しては勉強、大学は強い欲求であった。両親は退職後、町会の会長や老人会の会長、民生委員など他人から信頼される性格、言動である。私はそういう両親の政治家のようにきれいな言葉だけを並べるような生き方に反発、強い反抗期になる。
とりあえず勉強はしたが、仕事一筋に反発して趣味など脇見ばかりする性格になる。そしてきれいな言葉を並べることに薄っぺらさを感じたか、親族でも私だけ理系、理学部へと進む。さらに会社人間は嫌だと理系の公務員になった。(公務員こそ会社人間の典型だった)
私が公務員になったのを両親はとても喜んでくれた。確かに両親の生き方や考え方の理想は公務員だったわけで。長く反抗期だったが両親が喜んだので良しとした。
多少の両親の金銭的、政治的な協力が何度もあったが仕事も性格も全然違うので両親と比べられてストレスになったことはほとんどなかった。

さて、神田沙也加に戻るが
先程のニュースでも「紅白出場経験も」とあったが母親との抱合せであった。母親は嬉しかっただろうが本人はこうして死んだあとまで「母親と」と言われ続けることはストレスだったのではないか。タレントとしてのプライドを常に傷つけられるわけで。
そう考えると世の中にある家業、創業者一族の会社を受け継ぐ二世三世の人たちはとてつもないストレスの中で仕事をしているのだと心から思うのであった。

私の親は大したことのないサラリーマンで良かったと思うべきか。
21歳くらいの就活の時、親から引き継ぐものがなく就活に苦労していることを恨めしく思ったのが懐かしい。
その代わり貧乏だけは引き継いでしまったが。