一昔前の入院での話

備忘録で一昔前の手術の経験談を書いている。
その一つが面白い、良いデキなのでこちらに紹介することにした。
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点滴の針を刺す、そうである。
以前に何度か入院して腕に刺した事がある。
入院しているベッドに医師など数人がやってきた。
ちょっと体を起こせという。
プルーシートをベッドから床にかけて敷いた。
「なんでシートを敷くのか」と聞くと
「血が飛び散るから」と答えられた。
何やら腕にちょいと刺すわけではないらしい。
医師が説明する。
消化管の手術のため、手術後はつながるまで食事ができない。
点滴で栄養を補給するわけだが、腕の静脈に1日1000kcal以上の栄養を
つまりグルコースを入れれば腕の静脈は部分的に糖尿病になって細胞が死んでしまう。
したがって一番太い血管、つまり大静脈に点滴の針を刺すことになる。
という説明だった。
大静脈は当然心臓の近くである。
ということは針は鎖骨の下あたりから刺す。
まずその場所に麻酔を打つ。
しばらくすると、説明した医師ではなく女性の医師、多分研修医が針を持っている。
ぶすっと左胸上部に針を刺す。
そして針を動かしながら感触で大静脈を探すらしい。
5分10分と時間が流れたが、相変わらず針をゴソゴソ動かしている。
研修医が「先生、この患者は胸板が厚くて静脈が見つかりません」
おいおい早くしてくれよ、と思っていると
「鎖骨に針を当てながら動かしてみろ」と指導。
さらに鎖骨を支点にしてグリグリ動かす。
「先生」と私が声を上げる。
「痛くなって来ました」
「ああ、時間がかかって麻酔が切れてきたね。もう一本。」
と、麻酔注射を左胸にブスッ。
研修医が「先生、無理です。」とヘルプ。
「しょうがないなあ、」と本物の医師が針を握る。
「ああ、たしかにわかりにくいね。胸の筋肉が厚いね。」
としばらくすると「ああ、ここだ」
私は、やっと見つかった、これで終わりだ、と思ったのだが
「ほら、君、もう一度やってみなさい、少し左上だ。」
おいおい、もう研修医はいいよ、とよほど声を出して言おうと思った。
「あっ、ここですね、刺します」とクイッと針を動かす。
次の瞬間、「キャッ、あああっ、」と小さな悲鳴。
「すみません、すぐ拭きます」と研修医が謝っている。
どうやら刺した瞬間、血液が吹き出したらしい。
「終わりましたよ」と医師が私にいう。
針を切って針の先に点滴につなぐアダプタをつけて、絆創膏で胸に固定。
「手術までは風呂に入れますがこの部分をぬらさないように気をつけてください」
彼らが帰ったあと、シーツの一部に血痕。(笑)