ポイントを整理してみた。
1.友人とつながる昭和編
私の時代だと身近な友人なら交換日記、遠くなら文通だった。
何時の時代でも誰かとつながっていたいという欲求はあるわけで。
テレビが一家に一台の時代から一人一台になるころ
電話(家電)が一家に一台から一人一台になり、自室で電話できるようになった。
サザエさんのように玄関の近くに置く時代が終わった頃
電話でつながるようになった。
ところが家電では親の監視がつきまとう。
当然、使用に大きな制限があった。
私も夜の9時以降にかけてはダメ、などと言われたものだ。
2.友人とつながる平成編
90年代に入ると携帯電話が出始める。
ところが当初は高嶺の花。
その隙間をついて出てきたのが、ポケベル。
簡単な暗号のような文章が送れるようになった。
メール文化の始まりでもある。
ただし、発信はNTT電話という縛りがあった。
そのあと、安価な契約のPHS、そして携帯へと時代が進んでいく。
特に、通話では高額という縛りがあったがメールを利用することで解決。
ここから24時間いつでもつながるという不幸な時代が始まる。
3.友人とつながるの意味
友人の定義は難しい。
ただ、ここまでの論理で行くと「つながる」ということが友人の定義へと変化してきた。
人は誰でも寂しがり屋なのだ。
大人になってもお祭りなど人出の多いところへ行きたがるのはその典型だな。
つまり、友人は寂しさを紛らわす道具に成り下がってしまう。
大人は、親はそれを子供に教え伝える義務があるのだが
親自身もSNSに夢中ということでとても子供に教えることはできない。
かくしてそれを学校に委ねるという愚行へ。
どんなことでも、学校のせいにされる所ですでに終わっている。