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先生になりたい

森友学園問題が毎日である。
渦中の籠池泰典氏、なかなかの人物である。
政治家や役人とのつながりもあるようだし。
それなりの資産も稼ぎもありそうなんだけど。
なぜ、今回のようなスキャンダルになったのだろうか。
そのおおもとにあるのは小学校を作りたい、ということ。
金儲けにしては随分地味な事業である。
バカマスコミは右寄りの教育方針に飛びついているようだが
そんなことは枝葉にすぎない。
私が勝手に考えてみた。
思うには「先生」と呼ばれたい、ということだ。
先生になりたいのである。
できれば下っ端の教員ではなくて、大先生になりたいのである。
教員の仕事にしている人は児童生徒から形式的に先生と呼ばれる。
だから「先生」と呼ばれることにそれほど執着はない。
ところが、ある程度の高学歴、研究、地位のある人でも世間から先生とは呼ばれない。
役人や芸能人もしかりである。
「先生」と擦り寄ってくる人は多くいるだろうが。
教員の資格がなくても先生と呼ばれるのは大学。
だからテレビのコメンテーターたちの肩書は○○大学○○である。
もう1つは自分で学校を作ってしまえば、理事長先生である。
生徒や親から「先生」と呼ばれる。
今となっては学校の教員など3Kの代表なんだけど、
一定以上の年代や実績や資産のある人達にとってはこの肩書が憧れなんだな。
どんなに金儲けしてもただの金持ちじゃ嫌なんだろうね。
籠池泰典氏のあそこまでの情熱のエネルギー源はそのへんだと推理した。
全然違っていたらごめんなさい。