高まる自動操縦への依存、アシアナ機事故で見えた皮肉

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自動操縦に頼りきったパイロットのミス、という方向なのか。
パイロットの凡ミスでは面白く無いので、自動操縦装置そのものを批判するという。
坊主憎けれゃ袈裟まで憎い、である。
最近、交通事故でクルマについている自動停止装置に責任を問えるか、
というのが話題になっている。
結論は、たとえ自動停止装置が故障していたにしても、ブレーキに構造的欠陥がなければ
ドライバーが全責任を負う、という。
たとえ、ブレーキが故障していたにしても、故障を見逃したドライバーが悪い。
壊れたクルマを運転してはいけないのだ。
さて、今回のアシアナ航空事故だが、自動操縦装置を悪者にするのはおかしい。
航空機は前に進む速度で揚力を得るという構造。
失速は人が飛び出したのにブレーキを踏まないことと同じだ。
つまり失速させないのは基本中の基本。
自動化どうか以前の問題だ。
特に空中では青い空と雲しか見えない。
自機の速度を知るには速度計しかない。
それを見ていなかった。それも二人共。
それを機体の安全装置のせいにしようとするのは無理がある。
さらに、金の亡者の中国人がボーイングを訴えるとの話も出ている。
速度計を見ないパイロット、緊急脱出でキャスターバッグを持って出た中国人、
それを注意できないアシアナ航空の乗務員、である。
ソフトウェアがダメならどんなに良い性能のPCも動かない。